2026年8月21日、ストーマ閉鎖298目です。
8月15日から3日間の夜の気温は29度くらいで、エアコンなしで眠れました。でも以降はダメです。暑いです。
昨日に、桂望実さんの「終活の準備はお済ですか?」を読み終えました。2024年7月発行の文庫本です。
この本では、葬儀会社の子会社の「終活相談」をする仕事に転職した53歳の男性が相談に訪れた人達との話が書いてあります。55歳女性、68歳男性、32歳女性、33歳男性の相談内容を中心に話は進んでいきます。それぞれの話は相談者がこの53歳の男性だということ以外の関連はありません。
この小説にはこの会社の提唱する「終活ノート」なるものが出てきます。私はこの手のノートが市販されているのかも知りませんし、そもそも見たこともないですね。
この会社の「終活ノート」は、結構なボリュームで書くことがわかりました。親会社が葬儀会社なので、葬儀のことは細かく!選択肢があって、それにレ点を書くようです。それに一旦書いたら終わりではなくて、見直しも必要とありました。
私はそもそも、「終活ノート」を書く気持ちもありません。それは「母の介護と看取り」を経験したので、母には悪いですが母が「反面教師」になりました。勉強させてもらったというべきでしょうね。
もう身の回りはどんどんスリムにしています。母が腎盂がんステージ4を告知された翌月に私の前立腺がんステージ3が判りました。ここで具体的に「死ぬ」ことを意識しました。それまでは、まず考えなかったですね。
この小説にでてくる4人のうち、3人は両親だったり、兄弟だったりが介護が必要になったりという事情があって終活ノートを書くのです。でも、ひとり33歳の男性の場合はイタリアンレストランのオーナーシェフの働き盛りでの「末期のがん告知」をされた人なのですね。
そこで思うのですが、私と同じように「がん告知」を受けた人と、それ以外の人では、背景がまったく違うと思うのですね。シリアスさというか、リアルというか、重みというか。まあ終活ノートを書くのは自由なのですが、その重みなのでしょうね、書いた時期によってその重みが違うと思いますね。それがこのノートの見直しなのかもしれませんが。
この33歳のイタリアンレストランのオーナーシェフですが、自分の生い先が短いとわかって、元シェフの父に事業を委譲しようとするのです。それに妊娠中の妻もいるんです。父や妻やこれか生まれる子供への深い思いが書かれています。父が料理の味見をしてくれと言うと、息子がシェフなのにがんなので、「味がわからないので、弟子に」という場面がでてきます。この一言のリアルさが違うのです。思わず私の手が止まりました。
この小説、ほのぼのとした話もありますが、良かったと思います。
(あとがき)
今日も私のがんはおとなしくしてくれています。いつもあったホットフラッシュ、倦怠感、胸が詰まる感じ、「違和感」もありません。でももう「いつ何があってもおかしくない」と腹を括って生活しています。お腹にはパウチ(袋)もなくて何でも食べれます。がんの大敵である肉類、乳製品等の食事制限もしていません。今日は缶ビールも飲み(め)ました。2025年にストーマを10か月経験したので、これだけでどれだけ幸運なことか毎日確認しています。



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