2026年7月3日、梅雨が続いています。
実は、埼玉に住んでいる叔母(母の妹)が、母の命日の6月12日に電話をくれていました。年始以来でいつもこの日に連絡をくれるのです。有難いことです。この叔母ですが、LINEができませんので電話のみなのですね。まあ叔母は夫婦とも元気そうで安心しました。その時に、大阪の親戚の話もありましたが、限られた人の情報だけでした。
大阪に母がいた時や、私が母の介護で大阪に車で通っていたときは、近くに住んでいる母の兄弟と何人かの親戚には予め連絡することもありましたが、まあ突然に寄ってみたりもよくしました。逆に「近くにきたから寄った」という具合にその親戚が家に来てくれたりしました。
でも、私が大阪の実家を売却した以降はそんな関係はなくなりました。まあ遠くになるとそうなるのでしょうね。どんどん距離がでてきます。しかたがないのです。
でも、気にはなります。私は今年、年賀状仕舞いもしました。せめて私が生きている間は、まず母の存命の2人の高齢の叔父・叔母と、T姉さん(血縁ではないが私にとってほぼ姉)と付き合いのある親戚には、できるだけ連絡をとりたいと思っています。「時候の挨拶」というか、私と親戚の「生存確認」なのですが。
それで、今回、半年毎にLINEで連絡してはと思ったのです。でもこれをやるとなると文章でなかなか悩みますね。
結局、まず義叔母(叔父はスマホ使えず)宛に、悩んで作ったのがこれ!長文になりました。まるで手紙です。

暑中見舞いの時期に出すのもありますが、7月でちょうど半年で、母の命日が6月だし、ちょうどこれくらいでどうかと思います。
これをもとに、LINEが繋がっている親戚の2人にも同じようにLINEをしました。
その後、皆さん、すぐに回答がありました。これで「細---いLINE(糸)」を繋いでおきます。
実は父方の親戚もそうなのですが、兄弟が多くても、色々な複雑な事情、お金や離婚やここでなかなか書けないようなもろもろの問題があって、もうほぼ糸が切れてしまった親戚も結構あります。昔は法事や慶弔でよく連絡がありました。これももう母の時代でほぼ糸が切れそうです。
私の「いとこ」でも連絡が取れるのも少なくなりました。私ももう古希を越えましたので、私の娘たちはいったい誰を覚えていて、将来、糸が繋がる親戚がどれだけいるのでしょうね。ほとんどいないでしょうね。NHKの「ファミリーヒストリー」でもないかい限り、もうどんどん消えるのでしょうね。
(あとがき)
私は、6月26日の大雨の中、大阪での飲み会とその後のJRの帰宅で50分のところを4時間かかったのが原因なのか、咳と鼻水が出だし、風邪薬を飲んだら、眩暈がして歩けなくなりました。前立腺がんのホルモン治療で免疫が弱くなってきて、風邪薬が効きすぎるのですね。それが今日7月3日になり、やっと収まり、峠を越えました。やれやれ・・・











