Royue

80キロ離れた独居の母の介護を中心に起こったこと、その後の施設入所後のことを書いています。

介護105:施設から急な総合病院での検査を要請①・・半日がかりの検査で!

大きな病院の受付できょとんとしている母

 

2024年3月1日(金)の朝10時に母のいるCグループホームのHケアマネから電話がありました。「お母さんの体重が増えていて、SクリニックのS先生に連絡したら、総合病院に行って検査を受けた方が良いということになった。」とのことでした。そして紹介状を書くとのことでしたので、今日は大丈夫か聞かれました。私は大丈夫と答え、紹介状をもらってきたら連絡する由で、「A医療センター」か「O病院」のどちらにしますかと言われたので、家からもCグループホームからも近いA医療センターと答えました。

その時に、Hケアマネから母の体重を聞いたのですが、47キロと言うのですね。この前、SクリニックのS先生と今月3月8日の外来受診の話の際には、確か2~3キロ増えていると聞いており、母はCグループホーム入所時は34キロだったので、まあ37キロぐらいと思っていたのです。「あれっ!」という違和感があったのですが、それ以上意識が及ばなかったですね。

Hケアマネ曰く、電話で予約しなくても、紹介状さえあれば、看てもらえるとのことで半信半疑で、10時半過ぎに母を迎えにCグループホームに行きました。今日は、長時間になる可能性があったので、私はHケアマネにお願いして、車椅子を借りて車に乗せることにしました。グループホームに着くと母はすでに待機していたのですが、椅子から立ち上がるのも、前より一層大変そうでした。出発する時にケアマネに言われたのですが、昼食は2時間しか取って置けなくて、それ以上は破棄となるので、病院のコンビニを利用してくださいとのことでした。まあルールなので仕方がないですが。

何とか、母を車に乗せてA医療センターの前のロータリーに車を停め、母を降ろして車椅子に乗せ、一旦、広い受付のエリアまで移動した上で、また車を病院の裏(遠いのです)の駐車場に停め、受付まで戻ります。これもひと苦労です。

受付で紹介状を見せ、渡された問診票を私が書き、11時頃にやっと一息つきました。母は、大きな病院内で、きょとんとしていましたね。ちなみにこの病院は、2018年に私の次女が出産で孫が生まれたところであり、2019年に私がアキレス腱断裂で生まれて初めて入院した病院でもあります。そのことを母に言うと、「大きなところやな」と言いました。

最初に、総合内科に行くように言われて待っていると、担当はT先生のようで、内科だけでも6部屋あり、6人の先生の名前の一覧表が貼ってありました。時間があったので、担当のT先生をネットで調べたら、結構若そうな人でした。でも、私がアキレス腱断裂で入院した時も、若くて優秀な先生だったので、ここはそういう先生が多数いるところなのだと思いますね。

12時を回ってやっと順番がきました。T先生から紹介状と問診表から色々と聞かれ、私が答えていったのですが、例月の血液検査で、腎機能の数値が少し悪いのと、そもそも両足の浮腫の原因には、心臓、腎臓、肝臓、甲状腺等があるので、何から来ているのか調べるために、今日はひととおり検査をするが大丈夫かと聞かれ、「私は大丈夫です」と答えました。

今日の検査は、血圧測定から検尿、採血と進みますが、車椅子で来ても、血圧測定も自分でするシステムなのですね。(下の写真)

びっくりしたのは、検尿の紙コップを受付の女性が私に渡すのですね。そしてその女性は、すぐに「あれっ」ていう感じになって、「紙おむつですか?」というのです。そこで、私は「施設に入っているので、今日はどうなのか知りません?」と言うと、察したようで、やっと紙コップを引っ込めました。その後、看護師さん2人が来て、「管をいれますから」ということで、カーテンのあるベッドに移動させました。その時に、この看護師さんから母に「結構腫れがありますね?痛くないですか?」とやさしく言っているのが聞こえました。この件はこれで一件落着です。その後、「40CCでました」と丁寧に報告がありました。

セルフの血圧測定

その後は、レントゲンでしたがそこでは、一旦部屋に入ってから担当の技師さんが出てきて、「すみませんが、ブラジャーのホックの金属とセーターにビーズが付いているのでダメなんです。脱がしてもらえますか?」ということになり、私が母に促して長袖の下着シャツだけにしました。やれやれです。それが終わると以降の心電図とか、CT撮影とか、まあいろいろあるので、母には下着の上に、ラウトダウンを着ただけでその後は過ごしてもらいました。

母はすべての検査で、名前と生年月日を問われましたが、きっちり答えていましたね。

結局、それぞれの検査の待合室でいつ呼ばれるかわからないため、昼ご飯を食べられずでした。15時半には、すべての検査を終え、母にセーターを着せました。最後に、またT先生の診察があるようです。再度、最初に行った診察室の前で、待っていましたが、同じように診察を待っている人の数は、3名程度になっていました。

母に「おなかすいた?」と聞くと、流石に「すいた」と答えてましたね。

私は、今日に結果がすぐわかるのかも聞き忘れていたのですが、それは、次に書きます。       驚天動地が待ち構えていました。